「大学改革について」と題されたそのメモには、以下のような文章が書かれています。
大学改革について文部科学省と以下の合意がされた。
時代の要請に応える人材育成及び限られた資源を効率的に活用し、全体として質の高い教育を実施するため、大学における機能別分化・連携の推進、教育の質保証、組織の見直しを含めた大学改革を強力に進めることとし、そのための方策を1年以内を目途として検討し、打ち出すこと。
(『平成23年度文教・科学技術予算のポイント』P37)
また、同様の記述が同じ文書内の国立大学関係で新設される「大学教育研究特別整備費」の項にもあり、上記の大学改革の内容の推進がこの「大学教育研究特別整備費 」の条件であると明記されています。(同P7)
この“合意メモ”に関しては、とりあえず2つの疑問が浮かびます。
第1は、なぜこの“合意メモ”ないしその内容が文科省側資料には全く出てこないのか、あるいは、この財務省側資料に書かれている内容は本当に“合意”されたものなのか、という点です。この点については、幾つかの推測は可能です。例えば、①文科省にとってはあまり愉快ではない内容なので、自分達の側の資料には記載しなかった、②交渉ではよくある話だが、実際になされたのは両者にとってそれぞれ解釈の余地のあるいわゆる“玉虫色の合意”で、文科省としてはそれが“約束”や“条件”で あるとは解釈していない、などが考えられます。
ただ、実際のところ事実関係がどの辺りであったとしても、予算の査定側である財務省が約束であるとして堂々と文書で公開してしまった以上、再来年度の予算編成では、この点が高等教育関係予算編成の焦点となることは避けられないでしょう(ただし、政権という舞台自体が引っくり返ってしまった場合はまた別ですが)。
また、年末年始の鈴木副大臣の記者会見録を見ると、「この大学の機能別分化・大学間連携の推進と、あるいは質の保証と、こうした大学改革をきちっと推進してほしい、こういうメッセージでございます。」(12月24日 政務三役 記者会見録)、「ここにきちんと、まず検討の枠組みをしっかり立てて検討を開始して、そしてそれについての一定の結論、方向性を導いていかないとですね、再来年度の予算編成に約束が果たせなかった、こういうふうになってしまいますので」(1月6日 副大臣記者会見録)などとあるので、実際、約束かそれに近いものであるのは間違いなさそうです 。
第2の疑問は、では、ここで挙げられた「大学における機能別分化・連携の推進」 、「教育の質保証」、「組織の見直し」という3つの大学改革は、具体的にはどのような内容を想定しているのだろうか、という点です。この点に関しては、中教審の議論を追っている人であれば、これらの項目が、ここ2年ほど中教審大学分科会で行われている検討の枠組みによく似ていることに気づくと思います。1年以内という、ゼロから議論していては間に合わないような期限設定からもどうやら中教審大学分科会での議論を前提としている可能性が高そうです。
ということで、最近の議論をチェックして見ると、丁度12月24日に開催された第73回の中央教育審議会の配布資料に「資料2-1.大学分科会の審議状況について」というものが出ています。中を見ると、別紙2「大学分科会のこれまでの審議を踏まえた主要課題」という文書があり、「1.大学教育の質保証・向上」、「2.機能別分化と大学間連携の促進」、「3.教育研究の充実のための組織基盤の強化」となっています。1番目と2番目の順番が逆になっていますが、どうやらこれのことと考えてよさそうです。
次に、その具体的な内容について見てみましょう。
「1.大学教育の質保証・向上」としては、「大学・大学院教育において、体系性・一貫性のある「学位プログラム」を確立」が掲げられています。この問題は、2年程前に出た「学士課程答申」で詳細な内容が打ち出され、GPなど競争的資金を通じての誘導が行われてきました。方向性は既に示され、対応も始まっている問題と言えるでしょう。今後さらにこれまでの延長線上での一層の対応の深化・拡大が図られるということなのではないかと思われます。
「2.機能別分化と大学間連携の促進」に関しては、「各大学が、総ての機能を備えるのではなく、個性・特色を踏まえて、機能別に分化」とあり、また、機能別に分化した「各大学の機能を補完し、全体として質の高い教育を行うため大学間の連携を 促進」するとされています。
この点について、近年の議論において政策的に正面から取り扱ったのものとしては平成17年度の「将来像答申」が挙げられます。世界的研究・教育拠点、高度専門職業人養成等の7つの機能が例示され、(各大学がそれらのどれか1つを選択して大学が7つに種別化するのではなく)「保有する幾つかの機能の間の比重の置き方の違いに基づいて、緩やかに機能別に分化していくものと考えられる」とされました。
この問題に関しては、これまで計画的にと言うよりは、結果としての機能分化が相当進んできたと言える面があるのではないかと思います。即ち、多くの私学が学費収入依存という経営上の理由から、また学部学生の多様化に対応することに注力せざるを得なくなったことから、事実上学士課程教育-それも基本的に学士課程終了後の就職を前提とする-を中心とする大学に、さらに、その一部は従来の専門学校的な実務教育へと特化せざるを得なくなっています。また、これとは別に東京大学などは明確に世界的研究教育拠点としての方向性を打ち出しています。 しかし、この問題の議論でモデルとしてしばしば持ち出される、カリフォルニア州の3層構造からなる高等教育システムのような意味での政治、行政にとって“分かりやすい”機能別分化という方向には必ずしもなっていません。
「3.教育研究の充実のための組織基盤の強化」では、「大学は、その設置形態を 問わず多様な機能を有しており、全体として発展が必要」であると謳っています。 何を言おうとしているのかこれだけではよく分かりません。もう少し細かく見ると、 国立大学に関しては再編・統合が行われたこと、第1期中期目標期間終了時に各大学で組織・業務の見直しが検討されたこと、私立大学については、大学の自主的・自律的な判断による経営基盤の強化、また、設置形態によらない大学の経営のガバナンス改善についてなどが書かれていますが、これまた、全体として何をしようと言うのかよく分かりません。さらに見直して見ると、タイトルである「3.教育研究の充実のための組織基盤の強化」の下に「限られた資源を効率的に活用し、全体として質の高い教育を実施」とあります。辛うじてここは言わんとするところが分かりますが、全体としては焦点のいま一つはっきりしない、何か奥歯に物の挟まったような感じの項です。また、この部分だけ“合意メモ”では、「組織の見直し」という単に簡略化されただけではなさそうな別の言葉が使われていることも気になります(この点については次回で)。
さて、文科省の考えているのはどうやら上記のような「大学改革」の推進らしいということは分かりました。では、もう一方の当事者である財務省はどうなのでしょうか。次回は、この点について紹介してみたいと思います。
(菊池 芳明)
*組織としての組合の方針や情報をお伝えする機関紙という性格上、特に各記事の執筆者については記載していませんでした。しかし、これまでにも何回か掲載してきた高等教育の動向等についての紹介、考察記事については、大学職員として本来必要なSDの機会に殆ど恵まれていない本学事務系職員、特にプロパー職員への情報提供という目的ではありますが、内容については執筆者の個人的な見解が多分に含まれていることから、今回から署名記事とすることにしました。因みに一昨年の組合ニュースの創刊以降の、教養教育や大学評価、大学法人中期目標などに関するこの種の記事は総て菊池の執筆です。
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