2016年3月10日木曜日

「Happiness is Mandatory. Citizen, are you happy? (幸福は義務です。市民、あなたは幸福ですか?)」(PARANOIA)

3月1日頃、大阪大学が獲得したある競争的事業がネット上で「発見」され話題になりました。
http://www.coistream.osaka-u.ac.jp/greeting/index.html

どういう代物かというと、まず事業のHPに「人間活性化によるスーパー日本人の育成拠点 -脳マネジメントで潜在能力を発揮できるハピネス社会の実現-」とあり、ページを順に開いて見ていくと「一人一人が最高に輝く“ハピネス社会”の実現」、「“脳マネジメントで潜在能力を発揮できる社会”」、「ストレスをなくし更なる脳の活性化」等々……。さらには妙なポーズを取ったり落下傘降下したりするスーツ姿のサラリーマンたちも……。
http://www.jst.go.jp/coi/sympo/data/v2_2.pdf

当然、阪大は大丈夫か?等の反応がネット上にあふれました。個人的には、表題の台詞が反射的に浮かんだのですが、数年前にあった中国中央電視台の街頭突撃インタビュー「あなたは幸せですか?」(よりにもよって共産主義国家で……)の時のように、他人事として笑うだけで済ますのは同じ業界にいる人間としてはどうかというのもあって、今回、少し紹介してみることにしました。

まず、ネット上でもいくつも指摘があったように、これらの奇天烈ワードは何も阪大のオリジナルというわけではなりません。このプロジェクトが採択されたCOI(センター・オブ・イノベーション)プログラムの説明会において、事業主である文科省側の担当官の説明資料の中で使用されているものを素直に採用しただけものです。
http://www.mext.go.jp/a_menu/kagaku/coi/__icsFiles/afieldfile/2013/04/22/1333731_2.pdf

という次第で、これは大学の自由な創意の果ての笑える事例というのではなく、昨今の大学改革に真面目に最適化した結果の典型的なサンプルなのです(ちなみにプロジェクトを構成する個別の研究自体は普通にまっとうなもののようです)。文科省側が事業の細部まであらかじめ定め、事前に公開し、それに沿ったものでないと採択されない、採択されないと(特に国立大学や有名私大の場合)色々と差し障りがある、というのが、野田政権あたりからの日本の大学に対する各種競争的事業の在り様です。例えば、世間でも話題になったスーパーグローバル大学事業に関しても、予め文科省により詳細な審査要項、審査基準、Q&A等が作成、公開されていて、応募大学はその内容を踏まえて計画と申請書を作成しない限り採択される可能性はないのです。
http://www.jsps.go.jp/j-sgu/download.html

その意味では、「日本の大学は駄目だ、どうしようもない。それに比べてアメリカは~、中国は~、韓国は~」といった政治家、経済人等の発言を疑いも無く信じてしまっている一般の人にこそ拡散してほしい事例であり、どうせなら3月1日ではなく1か月遅れて4月1日に「発見」された方が面白かったかもしれません(阪大の関係者の方、ごめんなさい)。

そういうわけで、このプロジェクトのお笑い部分は恐らく阪大の関係者に責任は無いと思いますが、もう一点、気になるのは、(原因の所在がどこにあるにせよ)このプロジェクトの表紙部分に漂う無邪気な目的合理性(目的の達成のための効率的手段、方法の追求に特化された思考、知性の在り方。目的自体の適否は必ずしも問題としない)の気配です。個別の構成要素は別におかしなものでなくても、目的次第、束ね方次第ではこういうディストピア風味の世界、この場合はブラック企業のユートピアのようなものが出来てしまう、作るのに貢献してしまうわけですが、個別のまっとうな研究からそれを集約した「脳マネジメントの産物であるスーパー日本人による“幸福は義務”社会」へと至る過程に葛藤のようなものが全く表出していません(もちろん、作成した阪大の関係者が本当に何も気にしていないかどうかは分かりません)。

この目的合理性に対して目的自体の在り様、適否を問うのが価値合理性と呼ばれるものですが、昨年騒ぎになった国立大学の人社系“廃止”通知問題(人文学はまさに価値合理性を扱う学問です)や国立大学法人、公立大学法人の中期計画の目標自体が文科大臣や首長によって与えられ、大学法人はその目標を前提に、その実現のための最大限の努力を求められるという大学法人制度の在り様は、まさに近年の日本の「大学改革」が「目的合理性型」改革であることを示しています。今回の騒ぎもまた、そういった側面をブラック・ユーモア的に体現したもののように感じます。
(菊池 芳明)

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