2010年10月7日木曜日

良い中期目標?悪い中期目標? 国立大学法人の場合

 本学の中期目標・中期計画に関しては、過去の職員組合ニュースでお伝えしたように、4月5日に本学理事長宛に意見書の提出を、さらに8月30日には上部組織である横浜市従の委員長と連名の形で横浜市長宛に申し入れを行いましたが、前者については残念ながらあっさり黙殺され、後者については返答待ちの状況で、現段階ではこれ以上できることはあまりなさそうです。そこで、今回は少し視点を変えて、本学より1年早く法人化されたため、既に第2期の中期目標・中期計画期間に突入している国立大学法人の中期目標、その「基本的な目標」部分の事例について紹介したいと思います。

 中期目標自体は、国立大学法人も公立大学法人も設置者(国立大学法人の場合は文部科学大臣、公立大学法人の場合は設置自治体の長)が大学の意見を聴いた上で決定するものであり、国立大学法人の場合、総て文部科学大臣が決定するのだからどれも似たようなものになるのでは、と思われるかもしれませんが、各大学の意見は相当程度尊重されているのか、結構大学により違いがあります。

 と言っても、旧帝大は何から何まで全部やりますというフルセット型であまり参考にはならず、また、単科大学も、旧帝大とは逆に教育研究分野が単一であるがゆえにミッションや投入しうる経営資源が限定されていることから、ここでは地方国大について取り上げたいと思います。ただし、地方国大についても全部見るのは大変なので、ここならいいものになっているのでは、という幾つかの大学と何をやっているのかさっぱり聞こえてこないな、という大学を幾つか眺めてみた結果についての紹介です。先入観なしで見てもらった方がいいだろうということで、大学を特定できる情報は伏せてあります。

(A大学)
 国立大学法人A大学(以下「A大学」と称す。)は、我が国の先端科学関連の研究や産業の拠点の一つである○圏○部に立地する特徴、さらには農業の活発な地域としての特色を生かし、人文・社会科学、理学、工学、農学、教育学の各分野における高等教育と、基礎・応用両面にわたる多様な研究活動、さらにそれらを基礎として地域貢献を行う総合大学として大学の統合性を強め、同時に3キャンパスの立地を生かして多彩に発展することを目標とする。

教育
 A大学は、世界水準の教育を行う大学としての機能を発揮し、教育に重点をおき、総合力を生かして一貫した教養教育と専門教育を行い、豊かな人間性と幅広い教養をもち、国際感覚を身につけた職業人を育成する教育を行う。また、大学院教育を重視し、より幅広く豊かな学識を持ち、持続可能な社会と自然保全の担い手を育成する教育を行い、高度専門職業人や研究者を養成する。

研究
 A大学は、世界水準の研究を行う大学としての機能を発揮し、サステイナビリティ学研究やフロンティア応用原子科学の研究、個々に育成された先進的研究など、多様な学術研究を組織的に創出・育成して、国際的な水準の成果を発信する。研究の継承と発展の観点から、若手教員と大学院生の育成を積極的に行う。

地域連携・国際交流
 A大学は、高い社会貢献機能を有する大学として、地域と連携した教育と研究を推進し、その成果を積極的に社会に発信し還元して、地域の教育・文化の向上、環境保全、産業振興、地域社会の発展に寄与する。教育と研究の成果を広く国際社会に向けて発信し、国際的な交流と共同研究を推し進め、特にアジアとの国際交流を推進する。

(B大学)
 B大学は,地域に立脚する総合大学として,教育,研究,社会貢献を一体的に推進し,「A大学憲章」(平成17 年3月制定)に謳う「学生中心の大学」「地域にあって輝く大学」の実現を目指す。第二期中期目標期間においては,(1)学生の人間的成長に重点をおいた教育の推進,(2)地域の発展に貢献できる国際性を備えた人材の育成,(3)特色ある先端的研究拠点の形成・強化を重要課題として,以下に各領域の基本目標を掲げる。

  1. (教育・学生支援) 全学的に一体感のある教育改革を推進し,正課教育及び正課外教育において学生の主体的・協同的な学びを充実させる。
  2. (研究) 環境・生命に関わる世界レベルの研究を一層活発に展開するとともに,質の高い多様な研究を進展させる。
  3. (社会貢献) 地域連携・産官学連携を強化・拡充し,地域活性化に資する人材育成と学術研究を推進する。
  4. (国際化・国際貢献) 国際社会で活躍できる人材を育成するとともに,アジア,アフリカ拠点国への教育研究支援を進める。
  5. (管理運営・組織) 大学の自律性を高めるために,不断に組織運営の改革を図るとともに,人材育成マネジメントを充実させる。
  6. (キャンパス基盤整備) 地域の「知の拠点」にふさわしい,機能性,安全性を備えた教育研究環境を創出する。
  7. (財政) 自己収入の増加及び経費の抑制によって,財政の健全性を維持・向上させる。
  8. (附属病院) 地域医療の中核機関として,医療の質の向上に努めるとともに,経営の安定化を図る。
 さて、皆さんはどのように感じられたでしょうか。少し情報を追加すると、この2つの大学はB大学が医学部を持っていることを除けば、学部数や分野、規模等、いずれもほぼ似通っていて大きな違いはありません。

 A大学の場合、この部分だけを見る限りでは、まるで事務局のスタッフが最初に作成した当たり障りのない検討用の下案がそのまま最終案になってしまったような印象を受けます。どの大学にもあてはまりそうな文章で、優先順位や重点目標、具体的な方向性・内容などがここからは殆ど読み取れず、どの程度まで自大学を巡る外部環境・内部環境について正確に認識し、どの程度の熟度で検討がされたのかも、ここに含まれる情報からは判断できません。

 次に、B大学については少しだけ詳しく見てみたいと思います。  例えば1.(教育・学生支援)の部分では、主体的・協同的な学びを正課教育だけでなく、正課外教育も含めて充実するとしています。これは3行目にある「(1)学生の人間的成長に重点をおいた教育の推進」(下線部筆者)という重要課題に対応して、その実現に必要な適切な方策を大学が理解し、選択して実行しようとしていることがはっきりとしたメッセージとして表現されています。FDに関しある程度の知識や経験を持つ人であれば、「主体的・協同的な学び」という表現から幾つもの授業方法や授業形態、カリキュラムの構成が頭に浮かぶと思います。

 2.(研究)についてはどうでしょうか。挙げられている2つの分野は、B大学では既にCOEや科学技術振興調整費などに採択されるなどして実績を挙げているものです。それを一層推進する方針が示されています。さらにこれらの重点研究分野に力を入れる一方で、「質の高い多様な研究」という表現で、それ以外の大学の抱える研究分野の研究活動を維持・発展させることも表明しています。環境・生命という2本の木が周囲に何もない状態で立っているのではなく、広い裾野を持った研究活動を大学として維持するという選択が示されています。このあたりも教育と研究の関係や基礎研究と課題解決型研究に関する論争などを踏まえた上での決定であることを感じさせます(もっとも、意地の悪い見方をすれば国立大学にありがちな学部の縦割り、独立性から来る横並びの結論が書かれているだけ、という可能性もありますが)。

 3.(社会貢献)に関しては、「地域連携・産官学連携を強化・拡充」というのは地方国大としてはありきたりな表現ですが、「地域活性化に資する人材育成と学術研究」という部分については、B大学は国立大学の中でもユニークな活動を色々と行っていて、各種の競争的資金も獲得しています。これも実績に基づき、それをさらに発展させることを表明している部分です。

 もう一つ、4.(国際化・国際貢献)ですが、これについても複数の競争的資金を獲得するなどの実績があります。ただし、資金やマンパワーがものを言う分野であり、旧帝大や一部私大などに比べればどうしても量的には見劣りがしてしまい、他の分野とは違って、影が薄い印象を受けます。これに関しては「アジア,アフリカ拠点国への教育研究支援を進める」という方向性を打ち出して、4月以降、早々にアジア地域の自治体との協定に基づく行政官や大学教員等の受入れを行うなど、実際に特色のある取組に着手しています。

 5.(管理運営・組織)については、「人材育成マネジメントを充実」とありますが、これも既に数年前からSDについて独自の取組に着手していて、裏づけのないことを書いているわけではありません。

 このあたりにしておきますが、要するにB大学については、挙げられている項目やそこで使われている単語・表現等から見て自大学を巡る外部環境・内部環境について相当なレベルでの理解と分析が行われて、その上で、合理的と思われるような選択がなされ、かつ実施についても相当の裏づけがあること、言い換えれば戦略的な判断と決定が行われているらしいことが、たったこれだけの文章からも伺えます。

 一方、A大学に関しては、そういったことは紹介した部分からは全く判断できません。もっとも、それがイコール戦略を欠いていることの現われだとまでは言いきれませんが。単に中期目標という文書には反映されていない可能性(学部間の対立etc.で)や戦略計画の策定に慣れていない結果(この点に関してはどの国立大学、公立大学も条件は同じですが)である可能性なども考えられます。また、個人的にはそもそも大学法人の中期目標・中期計画という枠組みは、必ずしも戦略計画の策定や表現に向いているとはいえない部分があるのではないかとも思っています。

 それでも、6年間の基本的な方向性を定める文書の、そのまた基本的な部分でこれだけの熟度の違いがあるというのは、6年後の成果の違いについての懸念を抱かせずにはいられません。GPなどの実績から、地方国立大学間に相当の格差が生まれつつあるのではないかという印象は持っていましたが、その一部は戦略立案能力の差に起因しているのかもしれないと疑わせる事例です。  最後に、ある公立大学の中期目標案の「基本的な目標」を掲載しておきます。こちらの判断については皆様にお任せすることとします(とは言うものの、語尾が命令形というのは、らしいと言うか珍しいと言うか……。正しく日本唯一ではあるでしょうが)。
(C大学)
 C市立大学は、知識基盤社会の進展の中で、C市が有する大学として、発展する国際都市・Cとともに歩み、市立大学の国際化を進め、グローバルな視野をもって活躍できる人材を育成すること。
 研究成果や知的財産を活用してC市を始めとした大都市の抱える課題、C市民の生活に密着した課題等に対して積極的に取り組むこと。
 この2つの目標を実現するため、「教育重視・学生中心・地域貢献」という基本方針のもと、C市立大学の自主的・自律的な運営と更なる発展を目指して、第1期中期目標期間中に整備した組織・体制の強化と、教育・研究を一層活発に進めるための取組について具体的な中期目標を定める。
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