2016年4月18日月曜日

3つのポリシー策定義務化に関する学校教育法施行規則とガイドラインの不整合とその影響

 昨年度中に法令による義務化とガイドラインの策定・公表が行われることになっていた3つのポリシー(ディプロマ・ポリシー、カリキュラム・ポリシー、アドミッション・ポリシー)について、法令の方は学校教育法施行規則の改正が3月31日に、ガイドラインについては4月1日に公表がなされました。ただし、学校教育法施行規則の改正部分の施行は来年度、平成29年4月1日となっていて、この1年は各大学が検討と策定や改訂を行うための猶予期間とされています。

ガイドラインに含まれている内容等、検討は主として中教審の大学教育部会で行われたもので、ガイドライン自体も大学教育部会の名前で発表されています。それに対して学校教育法施行規則は省令なので、当然、主体は文科省になります。

この作成主体の異なる両者を読み比べてみると、記述が見事に異なっている部分があります。

学校教育法施行規則の改正部分、第165条の2では、3つのポリシーの策定単位について「大学は、当該大学、学部又は学科若しくは課程(大学院にあつては、当該大学院、研究科又は専攻)ごとに」となっているのに対して、ガイドラインでは「三つのポリシーは,そのような教育課程(授与される学位の専攻分野ごとの入学から卒業までの課程(以下「学位プログラム」という。))ごとに策定することを基本とすることが望ましいと考えられる。」としつつ、その次で「各大学の実情に応じて,例えば,学位プログラムごとのポリシーとは別に,全学や学部・学科等を策定単位として各ポリシーを策定することも考えられる。」と記してあります。

学校教育法施行規則の方は、法令でよくある「等」すらついていないので、策定単位は明確に「大学、学部又は学科若しくは課程」です。ガイドラインの方は、大学、学部、学科等を単位とすることも「考えられる」が、学位プログラムごとに策定することを「基本とすることが望ましいと考えられる」なので、基本は学校教育法施行規則の規定には含まれていない策定単位を推奨していることになります。

このような不整合はなぜ生じたのでしょうか?

現在の日本の大学設置基準等の関係法令は、学部、学科の様な「教員組織」、「学生の所属組織」、「教育プログラム」の総てが一体化したあり方を前提に設計されています。それに対して、近年、教員組織から教育プログラムを、あるいは学生の所属組織・教育プログラムを分離すべき、という考え方が高等教育論の研究者だけでなく、文科省内部からも出て来ています。これらの背景には、教員組織と教育プログラムが一体のままでは教育プログラムの変更が困難で、特に現在の「大学改革」要求への対応を資源が減少する中で行わなければならないという状況下では両者を切り離さなければどうにもならない、という認識の存在があります。この辺りについては、ちょうどIDEの2016年2-3月号に徳永保元高等教育局長が「学位プログラム制の導入提案に至る経緯とその後」というタイトルで寄稿されたものが載っていて、「学位プログラム」への移行が思うように行かない中、グローバル30等々の競争的補助事業で「学位プログラム」を使用することでその普及と概念の浸透を図った等の裏面の事情が語られています。

さて、今回の大学教育部会での審議経過を見てみると、昨年11月24日の第39回の「資料1-2 三つのポリシーに基づく大学教育の実現に係る主な論点(案)」に「ポリシーの策定単位としては,学位を基本として考えることでよいか。」とあり、さらに次の第40回(12月14日)の「資料1-2 三つのポリシーの策定と運用に係るガイドライン(骨子の素案)」では「三つのポリシーの策定単位については,各大学で適切に判断すべきものであるが,その基本は授与される学位の専攻分野ごとの課程(学位プログラム)とすることが考えられる。」と書かれています。ガイドラインにおける策定単位は学位を基本とする、という方向性が、文科省主導か少なくともその賛同のもとで出てきたこと、その時期は年度末まで3,4か月という、年度末までもうあまり時間のない時期であったことが判ります。

さらに、2月17日の第42回を見ると「資料1-1 「学位授与の方針」(ディプロマ・ポリシー),「教育課程編成・実施の方針」(カリキュラム・ポリシー)及び「入学者受入れの方針」(アドミッション・ポリシー)の策定及び運用に関するガイドライン(素案)」と「資料1-3 三つのポリシーの策定・公表に関する学校教育法施行規則の改正案のポイント」が提示されています。前者では策定単位は「教育課程(授与される学位の専攻分野ごとの入学から卒業までの課程(以下『学位プログラム』という。))ごとに策定することを基本とすることが望ましいと考えられる。」としながら、「一方,各大学の実情に応じて,例えば,学位プログラムごとのポリシーとは別に,全学や学部・学科等を策定単位として各ポリシーを策定することも考えられる。」という1項が新たに追加され、後者では「当該大学,学部,学科又は課程及び大学院,研究科又は専攻ごとに」となっています。後者が実際に改正された学校教育法施行規則とは若干異なっていますが、基本的には最終的なものとほぼ同一です。

先に書いたように、現在の法令は「教員組織」、「学生の所属組織」、「教育プログラム」の総てが一体化したあり方を前提に設計されている関係で、全体の改正を伴わずに他の部分との整合を取ろうとすれば学部や学科を単位として記述せざるを得ません。2か月で学校教育法から大学設置基準等々の関連法令すべての再設計ができるわけもなく、仕方なくガイドラインの方に新たに「一方,各大学の実情に応じて,例えば,学位プログラムごとのポリシーとは別に,全学や学部・学科等を策定単位として各ポリシーを策定することも考えられる。」という1項を追加することで、既に検討が進んでしまっているガイドラインと学校教育法施行規則改正案とを辛うじて繋ごうとしたのではないかと推測できます。

この42回については実際に傍聴していたのですが、メモを見ても記憶をたどっても、この問題に関して委員の側から質問や意見は出ていなかったように思います。以前に金子元久先生が現行法令の設計思想との関係での問題を端的に指摘したことがあったと思うのですが、この回は他の議題もあり、また3ポリシーに関しても他に色々と指摘すべことがあり、もうどのみち時間が無いしという事で委員たちからスルーされたのかもしれません。部会自体は3月にもう1回開かれていますが、そちらについても同様でした。

結論としては、3ポリシーの一体的策定の義務化自体は既にスケジュールまで決まっていてやらざるを得ないという制約下、策定単位も含め、これまでの「改革」の延長上にガイドラインの検討を進めたものの、法令改正の方を詰めてみるとやはり「学位プログラム単位」とはできず、残り時間が1か月余ではどちらも変えることは出来ないので、ガイドラインに1項を追加することで両者の関連性を何とか維持、後は解釈も含め各大学に丸投げした、という事なのではないかと思います。文科省も好きでやっているわけではないでしょうが、高等教育論に関してある程度以上の知識があるか、よほど太いパイプでも持っていない限り、受け取る側はどう解釈すべきか訳が判らなくなるのではないでしょうか。あるいは、当然、法令の方が優先するのだから、矛盾することが書いてあるガイドラインはあまり真面目に受け取らなくてもいいと考えるかもしれません。それはそれで問題で、前回のSDの記事でも同じようなことを書きましたが、せめて通知には一言解説があってほしいと思います。

さて、次にこの問題の影響ですが、日本の大学教育の最も基本的な単位と思われる学科と学位が1対1になっている場合は、問題は発生しないと思われます。学科単位で定めれば、それがイコール学位プログラム単位にもなるからです。

問題はこれが1対1でない場合、例えば①1学科の中に複数のディシプリン、教育プログラムが並立、学位も複数ある場合や、②1学科の中に複数のディシプリン、教育プログラムが並立しているにも拘らず、学位は一つだけという場合、③複数学科があるにもかかわらず、教育プログラムとしての差異は小さく、学位は1つだけ、などが考えられます。設置基準の準則化、設置手続きの緩和の結果、組織とプログラムの関係の多様化(以前は教育プログラムであったはずの「コース」が教員組織、学生定員、独立性の強い教育プログラムを持つ事実上の「学科」化しているケースなど)が進んでいるので、ディシプリンと学位と教育プログラムがきれいに一体化しているようなケースはむしろ少数派になっている可能性すらありそうです。学位の数があっという間に700を超えてしまった現状からはあながち懸念とは言い切れないと思います。

具体的な事例を一つ挙げておきたいと思います。

本学、横浜市立大学の国際総合科学部は、法人化時に国際文化学部、商学部、理学部の3学部を1学部に統合したものです。さらに学科についても1学科としてしまいました。ここで学位も例えば「学士(教養)」とか「学士(学術)」とか「学士(学芸)」とかで一本化していれば、良し悪しはともかくとして一貫性はあるものとなっていたはずです。しかし、実際には学科の下が非常に複雑なものとなっています。

まず、国際総合学部国際総合学科の下には「学系」という単位が存在しています。法人化時に同時に作られた研究組織であるらしい「研究院」(現在は「学術院」)には「学群」という単位が置かれているので、筑波大学の名称を借りてきた可能性が大です(私自身は法人化後の赴任で、法人化当時の資料も無くなっているので具体的にどのような検討の結果なのかは判りません)。ただし、筑波と教員組織、教育組織の名称が逆になっている理由は判りません。独自性を主張したかったのか、あるいはどうでも良かったのか……。それに、筑波や法人化時に追随した他の国立大学が「学群」、「学系」等を従来の学部・学科に替わる組織としているのに対し、学部学科を残した上で、わざわざその下に埋め込んだ理由もよく判りません。

学系以下の組織については、法人化時と現在と若干違っているので、現在のものについて学位の対応関係と併せて見ると、以下の通りになります。

1.国際教養学系(旧国際文化学部の流れを汲む人文系中心の学際系)
人間科学コース:学士(国際教養学)
社会関係論コース:学士(国際教養学)
国際文化コース:学士(国際教養学)

2.国際都市学系(法人化後に新設された学際系)
まちづくりコース:学士(学術)
地域政策コース:学士(学術)
グローバル協力コース:学士(学術)

3.経営科学系(旧商学部の流れを汲む)
経営学コース:学士(経営学)
会計学コース:学士(会計学)
経済学コース:学士(経済学)

4.理学系(旧理学部の流れを汲む)
物質科学コース:学士(理学)
生命環境コース:学士(理学)
生命医科学コース:学士(理学)

伝統的な観点から一番判りやすいのは、コースがディシプリン単位で編成され学位も対応している経営科学系でしょう。ただし、普通は学科である組織単位が「コース」であるため、今回の3ポリシー策定義務化との関係では単位をどうするかが問題になります。学校教育法施行規則の規定に則れば学科単位ですが、そもそも国際総合科学部は国際総合科学科の1学科しかないので、それだけでは完全に不十分で、下位の単位についても合わせて別途ポリシーを作成する必要が出てきます。経営科学系の場合、コース単位で見てみると実際にはディシプリン単位の学科相当なので、コース単位までポリシーを作ればきれいなものが作れるでしょう。

それに対して、国際都市学系の場合、基本的にコース単位までおろしても学際系、ただし、まちづくりコースと地域政策コースは学問的には隣接していて、それに対してグローバル協力コースは内容的には他の2者より離れています。しかしながら、学位は学士(学術)で1本です。学位プログラム単位ではポリシーとして情報が不足しそうで、かといってコースはいずれも学際系で、かつコース間の学問的距離が違っています。

国際教養学系と理学系に関しては、人文学、理学という大くくりで構わない、という話になるのであれば、学位もそれぞれ一つですし、学系を基本単位とすることも考えられます。ただし、だとすれば各コースの意義は?といった話が出て来るかもしれません。

さらに、学部全体として、これらの学系ごとに学系-コース-学位の関係性が異なっている点をどうするか、という問題もあります。全体の整合性云々を言いだした場合、収拾がつかなくなる可能性もありそうです。

何かパンドラの箱を覗いたというか、某国産超弩級戦艦の艦橋を眺めているようなというか、これ以上はやめた方が良さそうな気がしてきたので、ここまでにします。今回の学校教育法施行規則とガイドラインに関しては、他にも「一貫性を担保しなければならないのは結局3つなのか、2つなのか」、「数年後に、認証評価に当たってガイドラインが硬直的に適用されることは本当にないのか」、「幾つもの国立大学が法人化時に学部学科に替わり学群、学系、学域、学府等々の組織・名称を採用し、それらは学校教育法においても常例である学部以外の組織として位置付けられているにも拘らず、なぜ今回の施行規則では大学、学部、学科、課程のみとして『等』も付いていないのか」等々、色々疑問はあるのですが、その辺はまた機会があればという事で。

(菊池 芳明)

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