2013年9月24日火曜日

職場集会開催のお知らせ(再掲)


 職場集会を以下の日時で開催しますので、お知らせします。

八景キャンパス: 10月3日(木)12:05~12:55
(本校舎1階 職員組合事務室の隣の組合会議室)

福浦キャンパス: 10月2日(水)12:05~12:55
(研究棟2階 A209号室)

*会場の関係で福浦キャンパスが先の2日(水)、金沢八景キャンパスが後の3日(木)といつもと順序が逆になっています。ご注意ください。

 前回6月の職場集会以降の組合の活動状況の報告や給与引き下げ問題、任期制廃止要求などの懸案の状況、各職場の近況、課題についての情報交換等を予定しています。非組合員の方の参加も歓迎します。

 飛び入り参加も可能ですが、9月27日(金)までに参加の申込をいただいた方には、組合でお弁当を用意します。事前申込は、ycu.staff.union(アット)gmail.com までお願いします。

にほんブログ村 教育ブログ 大学教育へ

2013年9月6日金曜日

大学運営交付金に関する横浜市長への要求と解説

 8月28日、職員組合の上部団体である横浜市従業員労働組合(横浜市従)から横浜市長に対して来年度予算等に関する要求書が提出されました。大学に関しては、昨年度までとほぼ同様の内容ではありますが、記述を修正、4つの問題点に整理・集約しました。具体的には以下の通りです。 

横浜市従業員労働組合2014年度予算要求

〈大学〉

 市立大学においては、①第1期、第2期の中期計画開始時及び中期計画期間全体での大幅な交付金の削減、②第1期中期計画期間における、ほぼ毎年の交付金の予定額からの大幅削減、③各年度予算の市OB・市派遣幹部職員による執行段階での使用の抑制、④大学の教育研究活動の特質について十分な理解を持たない市OB・市派遣幹部職員による、実際のニーズと必ずしも適合しない年度予算編成など、不安定かつ縮小的な大学運営と適切な資源配分の不足により、教育研究活動に大きなダメージを受けている。はるかに少額の削減しか受けていない国立大学においてすら、法人化以降、教育研究への負の影響が出ていることがマクロデータで確認されつつあり、市大の教育研究の向上を真に望むのであれば、①運営交付金の削減に歯止めをかけ、②毎年の交付金額も安定させると共に、③執行段階での削減を大学の名で市OB・市派遣幹部職員が行うようなやり方を改め、④現場の教員・固有職員の声を反映させた適切な予算編成を行うこと。


 解説

①:平成17年度の法人化以前における市から大学への経費投入については、大学のHPにはデータは一切残っていません。横浜市の方には平成14年度以降の予算が残っているので(http://www.city.yokohama.lg.jp/zaisei/org/zaisei/yosan/)、そちらを参照すると、平成14年度が大学の自己財源(授業料収入、病院収入等)を除いた市からの繰入金が242億8千万円、平成15年度が262億1千万円、平成16年度が250億9千8百万円となっています。これに対して、法人化された平成17年度の横浜市から大学への運営交付金は142億6百万円と前年度に比べ一気に100億以上円、率にして40%以上(!)減額されています(以下、法人化以降のデータは横浜市立大学「財務情報」http://www.yokohama-cu.ac.jp/univ/corp/finance/finance.html の各年度決算報告書等に基づくものです)。

 また、平成17年度から平成22年度までの第1期中期計画期間全体での運営交付金の予定総額は781億8千6百万円、平均すると1年当たり約130億円で、平成14年度から16年度までの繰入金の平均、年間約252億円に比べ120億以上の減となっています。

 さらに平成23年度から始まっている第2期中期計画について見ると、平成23年度から平成28年度までの6年間での運営交付金の予定総額は677億2千3百万円、第1期中期計画に比べ総額で約100億円、率にして約15%の減となっています。

 国立大学法人が毎年約1%という、横浜市大に比べれば無いに等しいとも言える運営交付金の減額で苦しんでいることを考えると、この削減がいかに凄まじいものか判ります。

 運営交付金の削減による影響に関して一例を挙げると、研究面についての話になりますが、国立大学法人を中心とした運営交付金の削減と「選択と集中」の促進が日本の高等教育機関の競争力に如何に深刻な影響を与えているかという点について、元三重大学学長で現鈴鹿医療科学大学学長の豊田長康氏が、ブログ等で量的データに基づき繰り返し指摘を行っています(http://blog.goo.ne.jp/toyodang/e/fbfd543bc72e5bc7815f77174bb39529)。

 以上の結果、平成23年度で見ると横浜市立大学の総収入に占める横浜市からの運営交付金の割合は約18%にまで低下しています。マスプロ教育を行わないと経営的に存続が厳しい日本の私立大学の経常経費に占める国の補助金の平均割合が約10%(http://www.shigaku.go.jp/s_kouhujoukyou.htm)、やや古いデータですが、国立大学のうち医学部を有する中規模大学群の経常収入に占める運営交付金の割合が平成18年度で30%以上(http://www.nistep.go.jp/achiev/ftx/jpn/mat150j/idx150j.html)、 日本の大学改革のモデルとして持ち出されることも多いカリフォルニア大学の経常収入に占める州政府の交付金の割合が2008-2009年度で約22%(http://www.zam.go.jp/n00/n000i007.htm)などとなっています。

②:上記のように、中期計画段階での交付予定総額の削減だけでも大変なものなのですが、実際には、各年度の横浜市の予算編成段階で、中期計画で予定されている交付予定金額からさらに削減が行われています。第1期中期計画に関しては、横浜市財政当局の横浜市従に対する予算説明の場で「第1期中期計画期間の各年度の市からの運営交付金は毎年均等に交付される」という説明があり、これは計算すると毎年約130億円の交付があることを意味するはずですが、実際には、平成17年度が約142億円、18年度が約129億円、19年度約120億円、20年度約123億円、21年度約123億円、22年度約113億円と平成17年度を除き予定額を下回り、特に最終年度である平成22年度においては予定額より17億円も下回る交付額となっています。第1期中期計画期間の総額では、予定交付額781億8千6百万円に対して実際の交付金の総額は749億1千9百万円、32億6千7百万円が削減されています。因みに、第2期中期計画に関しても同様に毎年の交付金が均等に交付されるのか横浜市財政当局に対して確認を行いましたが、最終的にこちらは回答が得られませんでした。

③:また、当初交付予定額から縮小された各年度の予算自体もそのまま執行されるわけでなく、理事長、事務局長、財務、経理の管理職が横浜市OBあるいは横浜市派遣職員という状況下、現場の創意工夫によるのではなく、地方行政の専門家ではあっても大学経営は門外漢であるはずの横浜市OBおよび横浜市派遣管理職による上からの指示、判断により執行が抑制されています。結果として毎年40億から60億程度の利益剰余金が発生し、 平成17年度から23年度までの利益剰余金の総額は325億円に達します。そのうちの少なからぬ額が、法人化時に大学の資産とはされず横浜市が所有したままのはずの校舎の立替え、耐震改修に投じられるようです。

④:さらに、横浜市立大学においては教授会の権限が大幅に抑制(学生の身分に関する事項のみ)され、予算も含め経営者に大幅に権限が集中した経営形態が取られています。もちろん経営者自身が細かい問題まで自身で決定や執行を行うわけではないので、実際には経営者および事務局幹部に権限が集中しているわけですが、その大半は地方行政の専門家ではあっても大学経営は門外漢であるはずの横浜市OBおよび横浜市派遣管理職です。教育研究に関して、何が重要なのか、何が節約できるのか等の判断に必要な知識、経験を欠いた人達にただでさえ減っていく予算の編成と執行の実権が集中しているため、教育研究の現場に大きな問題が発生しています。



 このように、横浜市からの運営交付金の問題を始めとして、横浜市大の予算とその執行には4段階に渡る巨大な問題が存在しています。教育も研究も基本的に単年度では完結しない営為であり、例えば学士を送り出すまでの教育は4年単位、研究もあるテーマの研究が1年で終わるということはまずありません。年を追うごとに厳しくはなっていくだろうがそれがどの程度かは判らない、さらには減少する経営資源の範囲内でせめて合理的である保障もない経営環境は、単年度で完結しない教育研究という営為を疲弊させずにはいられません。そして、大学は教育研究機関であり、その経営とはつまるところ教育研究をどうするかということに他ならず、教育研究が上手く行っていないということは大学経営が上手く行っていないということです。市長へ要求書を出せば簡単に解決するような問題ではありませんが、今後も取り組みを続けていきます。

にほんブログ村 教育ブログ 大学教育へ

職場集会開催のお知らせ


 職場集会を以下の日時で開催しますので、お知らせします。

八景キャンパス: 10月3日(木)12:05~12:55
(本校舎1階 職員組合事務室の隣の組合会議室)

福浦キャンパス: 10月2日(水)12:05~12:55
(研究棟2階 A209号室)

*会場の関係で福浦キャンパスが先の2日(水)、金沢八景キャンパスが後の3日(木)といつもと順序が逆になっています。ご注意ください。

 前回6月の職場集会以降の組合の活動状況の報告や給与引き下げ問題、任期制廃止要求などの懸案の状況、各職場の近況、課題についての情報交換等を予定しています。非組合員の方の参加も歓迎します。

 飛び入り参加も可能ですが、9月27日(金)までに参加の申込をいただいた方には、組合でお弁当を用意します。事前申込は、ycu.staff.union(アット)gmail.com までお願いします。

にほんブログ村 教育ブログ 大学教育へ

2013年7月4日木曜日

任期制廃止についての協議に関する追加要求書について

 本学の全員任期制(横浜市派遣職員、医療技術職員除く)については、2月28日に法人の設置者である横浜市長に対して「横浜市立大学における任期制廃止に関する要請」を、さらにその際の市の担当課とのやり取りも踏まえ、3月5日には法人理事長に対し「任期制廃止についての協議要求書」を提出、法人に対し協議を求めてきました。

 その後、5月に1回目の協議を行ない、当局側からは、①雇用契約法の改正を受け、任期制の廃止も含めて対応を検討している、②ただし、検討スケジュールも含め具体的なことは現段階では決まっていない、という説明がありました。

 組合としては、任期制の廃止も含めた検討が行われるようになったことは、これまでの金科玉条の如く任期制を扱う姿勢と比べれば大きな前進であり評価するものの、当局側の検討をただ待つのではなく、検討そのものを組合側が参画した形で行うよう求める趣旨で追加の要求書を提出することにしました。

 また、検討の前提として法人化以降の職員の採用と退職の状況についての情報開示を要求するとともに、組合としての最終目的はプロフェッショナルとしての職員集団の形成とそれを通じた大学と職員集団の存在意義の確立にあり、そのためには任期制の廃止による職員の身分と雇用の安定だけでなく職員の適切な育成・支援体制の確保が不可欠であることから、併せてSDの現状についても包括的、具体的に明らかにするよう求めました。

 詳細については、以下をご覧下さい。

2013年6月20日
公立大学法人 横浜市立大学
理事長 田中 克子 様
横浜市立大学職員労働組合(横浜市従大学支部)
委員長(支部長) 三井 秀昭

任期制廃止についての協議に関する追加要求書

 市民から期待され信頼される大学教育と運営の確立に向け、日頃の取り組みへのご尽力に敬意を表します。

 さて、3月5日付で提出した「任期制廃止についての協議要求書」に関しては、①当局側として雇用契約法の改正を受け、任期制の廃止も含めて対応を検討していること、②ただし、検討スケジュールも含め具体的なことは現段階では決まっていないこと、という2点についての説明を受けたところです。

 5年を経過した場合の有期雇用から無期雇用への転換権の確立という抜本的な制度改正を受け、廃止も含めた対応を検討している点については、これまでの任期制は絶対に維持するという姿勢に比較すれば前進であり、評価します。

 しかしながら、全員任期制は本学の職員確保上、巨大な負の影響を及ぼし続けてきた問題であり、組合としては、その今後について当局側の結論をただ待ち続けるという姿勢を取る事が望ましいと考えることは出来ないことから、以下の通り、改めて要求します。
  1. 雇用契約法改正への対応に関する検討については、任期制の廃止も含め、当局側が方針、成案を決定した後に組合側に提示するのではなく、検討段階から組合が参画し、労使双方による検討を行うよう求める。
  2. 任期制の対象となっている職員のうち、契約職員・嘱託職員に関しては契約更新回数の上限が定められており今回の法改正との関係での問題が予想されるが、この点についてはどのように考えているのか、説明を求める。
  3. 検討に当たって、任期制採用後の実態を把握するため法人化以降の各年度の固有職員(常勤職員、契約職員、嘱託職員、大学専門職)の採用状況(採用数、年齢・性別構成、大学職員経験者数)とその年度別退職者数を明らかにするよう求める。
  4. 組合が任期制廃止を求める趣旨は、任期制という固有職員の定着と成長を妨げている不安定、不透明な人事システムを取り除き、大学の存在目的である高度な教育研究を通じた社会への貢献に寄与しうるプロフェッショナル集団を形成することを通じ、大学と職員集団の存在意義を確立することにある。その実現のためには、職員の身分、雇用の安定化と同時にプロフェッショナルとしての職員の適切な育成・支援体制の確保が不可欠であり、検討の前提として本学のSDの現状について包括的、具体的に明らかにするよう求める。

にほんブログ村 教育ブログ 大学教育へ

大学教育のグローバル化と文科省 -グローバル人材養成は自己責任で?-

 文科省の高官の話が聞けるというので某所に出かけた時のことです。

 行ってみると、事前予告とは少し違って教育のグローバル化についての話になっていました。

 大学教育のグローバル化やグローバル人材養成については、周知の通り、近年、大学改革の主要なテーマであり、特にここ1,2年は他のテーマが埋没してしまうほど「グローバル化」、「グローバル化」の大合唱になっている観があります。

 ところが、「グローバル化」や「グローバル人材」とは何なのかという点は、実のところあまり明確になっているとは言えません。

 中教審大学分科会等での議論を聞いていても、「グローバル人材とは何か、具体的に明らかになっていないのでは?」といった疑問が何度も(主に教育学者から)出ましたが、曖昧なまま「とにかくやらなければならないのだ」ということで、それ以上の議論にはならないという展開が続いていました。

 折角の機会なので、「グローバル人材といっても一つではなく色々なタイプがあると思うが、具体的にどのような能力をどの程度持った人材がどの程度必要、というようなことは文科省として明らかにしているのか、していないのなら今後やる予定は?」と尋ねてみました。

 件の高官の答は、「グローバル人材の類型については、例えば内閣府のグローバル人材育成推進会議でまとめている。文科省としては、人材類型や必要な数を示したりはしていないし、その予定も無い。各大学がそれぞれの置かれたポジションに応じて、どのようなグローバル人材が必要か自ら判断して、各大学でその人材の養成を行って欲しい」というものでした。

 この答自体は、特に驚くようなものではありません。

 経済的需要等に係る問題であり文科省単独での守備範囲を越えるだけでなく、未だに解決の目途が立たない「大学院生倍増計画」、「ポスドク1万人計画」等による理系を中心とした博士人材養成の大失敗や(主たる責任が文科省にあるのかは疑問ですが)法科大学院問題など、文科省にとっては、人材の計画的養成や需要予測は慎重にならざるを得ない鬼門であろうと思われるからです(因みに、上述のグローバル人材育成推進会議「グローバル人材育成戦略」には多少の記述はありますが、とても充分なものとは言えません)。それに、護送船団の時代はとうに終わっている、というのもあるでしょう。

 ただし、その上で問題ではないかと思われる点もあります。

 第1に、昨年の中教審答申「新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて」や先々月から先月にかけて集中的に策定、発表された「第2期教育振興基本計画」、「これからの大学教育等の在り方について」(第三次提言)、「日本再興戦略」等の政府、文科省の政策文書においては、そのような話 -グローバル人材の具体的な能力に基づく類型や需要について文科省は明らかにしない、各大学がそのポジションに応じ自己判断、養成するもの- は、はっきりとは指摘されていないという点です。政策方針に関する情報提供としては、いささかバランスが悪いように思えます。

 第2に、ただでさえ経営上の余裕に乏しく、社会から集中砲火を受けているように感じている日本の大学の多くの経営者が、マスメディアによって媒介、増幅された「とにかくグローバル化」という声に浮き足立ち、「国策」に則り「バスに乗り遅れるな」とばかりに「グローバル化 ≒ 英語と留学」と考えて(考えるのを止めて?)走り出そうとしているように見える点です。

 以上の2つを併せると、現実に起こるのは、文科省が期待するような「各大学が、そのポジションに応じて」、適切に「必用なグローバル人材の具体的な能力を判断し養成する」ことではなく、とにかく英語化された科目数と留学生数を(質の問題を放り出してでも)一刻も早く増やそうとする、悪い意味での performance measurement への辻褄合わせであるかもしれません。

 その場にいたのは、国立大学の幹部を中心とした数十人でしたが、その他の大学の関係者に同じような話を聞く機会があるのかどうかは分かりません。まあ、国立大は色々な場があるのだろうとは思いますが、公私立大、特に公立大学はどうでしょうか。

 個人的には、現在の「グローバル化」や「グローバル人材養成」については、①日本人にとって母言語からの距離が大きい英語の学習は他の学習とトレードオフの関係にある、②ユニバーサル段階を迎え、さらに中等教育の成果が大学入試に強く規定されるという特異な構造の影響もあり、グローバル化以外の問題のほうが日本の高等教育全体としては(卒業後の長い職業人生活を考えても)より重大ではないかと思える、③総理の大学国際ランキングを巡る発言や与党幹部のTOEFLの入試や卒業での利用に関する発言等、単純な誤解などに根ざしていると思われる言説も多い等々から、もう少し冷静、慎重であるほうがいいと思います。浮き足立っている時に考えることにはろくなものがないでしょう。最悪の場合、現在の「グローバル化狂想曲」は「中途半端な通訳未満人材」を国を挙げて量産するような結末に至るかもしれません。もしそうなった時、その責任は大学と個人に帰せられることになるのでしょうか。
(菊池 芳明)

にほんブログ村 教育ブログ 大学教育へ