それを受けて、今回は公立大学における「先進的な自治体が達成した経費水準」の事例について紹介する予定でしたが、その前にそもそも地方交付税交付金を通した公立大学に対する国費投入の仕組については、国立大学、私立大学関係者はもちろん、公立大学関係者にすら良く知らない人がいる(そのこと自体、このシステムが国立大学、私立大学に対する補助金とは大きく性格を異にしていることを反映しているものです)ことから、まず、ごく簡単に地方交付税とその中での「公立大学運営」に関する費用について説明することにし、公立大学における「先進的な自治体が達成した経費水準」の事例については、稿を改めて次回以降でご紹介したいと思います。
さて、地方交付税交付金を通した公立大学への国費投入ですが、国立大学法人運営交付金、私立大学等経常費補助金とは、①そもそも設置自治体に対する交付金であり、各公立大学(法人)に直接交付されるわけではない(投入自体が間接的)、②地方交付税交付金は使途を特定されない一般財源であり、前回紹介した分野別の学生1人当たりの単位費用にしても金額の算定のための単価に過ぎず、設置自治体に単位費用相当額を公立大学に渡す義務はなく、他の用途に使用しても何の問題も無い(自治体には交付金相当額を大学に渡す義務はない)、③地方交付税交付金は、自治体の「想定される収入額」の「必要と想定される支出額」に対する不足分を交付するもので、東京都のように制度発足以降ずっと受け取っていない自治体、横浜市のように交付税交付金が歳入に占める割合はせいぜい数%に過ぎない自治体、歳入の半分以上を交付税に依存する自治体など、実際に交付される額、割合は千差万別である(そもそも想定される収入額との差額分だけが交付されるもの)、などの点で大きく異なっています。
具体的には、各自治体に実際に交付される交付金は、①政府が想定する「基準財政需要額」(「各地方公共団体の合理的かつ妥当な水準における財政需要」総務省「平成27年版 地方財政白書ビジュアル版」)から②政府が想定する「基準財政収入額」(「標準的な地方税収入×基準税率(75%)+地方譲与税等」総務省「平成27年版 地方財政白書ビジュアル版」)を引いた額ということになっています。
地方交付税交付金はこのような性格を持つため、必ずしも各公立大学の経営に直結するわけではなく(例えば、首都大学の場合、東京都は地方交付税不交付団体なので地方交付税制度がどうあれ直接的には無関係)、設置団体経由であることから、運営費交付金のうち、一体いくらが地方交付税交付金から大学に入っているのかも分かりません(お金に色は付いていないので)。
しかし、例えば公立大学協会の計算では、基準財政需要額を公立大学の運営に要する経費と見做して実際の各設置自治体の負担額と比較してみた場合、基準財政需要額を上回る額を大学に投じている自治体が42%、ほぼ同程度の額を投じている自治体が13%、下回っている自治体が45%となっており、平均としては概ね地方交付税交付金の公立大学運営に必要と想定するレベルの額が投じられていると考えられます(「公立大学ファクトブック2014」P30)。また、大正大学の水田健輔先生の最近の論文(「公立大学に関する財政負担」『IDE』第580号)でも、公立大学セクター全体としては地方交付税の交付額がほぼ総額大学に支払われていると指摘されています。
このように、地方交付税交付金において定められている単価が(平均あるいはセクター全体としては)公立大学運営に実際にも相当程度反映されているような状況においては、公立大学運営に関する単価が引き下げられると、それにより設置自治体から公立大学への交付金も削減、大学経営に影響する可能性は無視できません。特に設置自治体財政の地方交付税交付金への依存度が高い場合、その可能性は高くなるでしょう。
また、直接的な交付税交付金の金額への影響にとどまらない問題もあります。国立大学がまず政府の必要に応じ設置され、その国立大学による人材供給と社会的需要の差を基本的に私立大学が埋めてきたという日本の高等教育システムの特徴から、公立大学は設置自治体自体からその存在意義を疑問視されたり、財政負担を問題視されたりすることが度々あり、財政悪化時にそれが国立への移管論や廃止論として噴き出してきました。このような土壌が単価引き下げによって刺激され、設置自治体の政策やマインドへ影響するという可能性もあります。
さて、次回は具体的な「先進的な自治体が達成した経費水準」の実例についてご紹介します。公立大学は多くの面で国立大学に準じているはずだという国立大学の視点や、公立大学は税金で国立大学並の経営環境を与えられており不公平だという私立大学の視点からするとびっくりするような数字をお示しすることになります。
(菊池 芳明)
0 件のコメント:
コメントを投稿